鉄道員(ぽっぽや)の広末
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本当に魅力的な女の子ってのは、ドラッグや大酒を摂取してはちゃめちゃになったり、情緒不安定で壊れてる時にこそ、ものすごい動物的チャーミングさを振りまくものなんだよ、藤谷美和子、ジュディ・ガーランド、広末涼子、イーディ・セジウィック、鬼塚ちひろ、おれなら彼女たちの扱い方を心得ている。
水野晴郎氏には
「いやぁー、映画って本当(ほんっとう)に良いもんですね!」
と締めくくりに必ず放つ決め台詞があった。
この常に固定と思われた水野氏のセリフだが、
実は3段階評価で映画のおもしろさを採点していたというのだ。
<評価: 絶賛>
「いやぁー、映画って本当(ほんっとう)に 素晴らしいものですね」<評価: 面白い>
「いやぁー、映画って本当(ほんっとう)に 良いものですね」<評価: イマイチ>
「いやぁー、映画って本当(ほんっとう)に 面白いものですね」ではどれぐらいの割合でこの言葉を使い分けていたのかを、日本全国の人々の記憶にどの言い回しが残っているのかを検索数で調べる事で、実際のおおよその使用割合を算出してみた。
-検索語句ー -検索件数ー -割合-
”水野晴郎 本当に素晴らしいものですね” 420件 約25%
”水野晴郎 本当によいものですね” 888件 約52%
”水野晴郎 本当に面白いものですね” 364件 約21%非常にリアルな結果が返ってきた。そして、全て3つ星といった商業的評価ではなく実にシビアな判定を行っていた事がわかる。20年以上続いた水野氏の解説でイマイチが2割もあったかと思うとぞっとする。
表面では満面の笑みで時間の限り作品を絶賛し、最後の感情を込めて「ほんっとうに面白いですね~!!」とシメていたのは、実は力の限り突き落していたかと思うと、背筋が凍る恐怖を覚えてしまいます。
ミュージカル映画が嫌いな人はよく「だって普段の生活のなかで急に歌い出したりしないじゃん!?」と言いますがたぶんミュージカル映画が好きな人は普段の生活のなかで急に歌い出したりします。
ハリウッドの脚本力、演出力の進化がヤバい、っていうのは「ベイマックス」の時のはなびら葵氏のツイートがものすごく的確に指摘してたと思うんですけど、マッドマックスも明らかにその流れの中にある。もちろん監督も配給も全然違う映画なんだけど、明らかに「同じ文明圏が作った作品」という気がする
「映画における人文教養とは何か?」というと、別に登場人物が思想書やら文学の一節を引用してしゃべりまくることではなくて、「無教養な人間の行動をシュミレートできる」っていうことだと思う。マッドマックスはすべての教養が死に絶えた世界なんだけど、そこに生まれる情報と教養の必然を描いた映画
例えば押井守がマッドマックスを撮り直して「近代の終焉において呪術的強度が復活するのは必然ではないか?(ジョー)」とか「周縁への逃走は甘美だが何ももたらさない(マックス)」とか理屈を言わせたら20時間分くらいの理屈が詰まってる映画。逆にジョージ・ミラーが押井映画を撮ると5分で終わる
監督が「フェミニズムのための映画ではない」と発言したインタビューは見てないけど、そりゃそうだろと。フェミニズムのための映画ではなく、映画のためにフェミニズムが必要不可欠だった、リアリティの構築のためにフェミニストが呼ばれ、そしてそれが映画的に成功したって所が決定的な部分だと思う。
ベイマックスやマッドマックスを見ると、日本で役に立たないと言われ廃棄されようとしている人文教養がアメリカでは徹底的な実証と洗練を重ねて「科学」の領域に達しつつあることを見せつけられて愕然とする。教養はレーダーであり海底を探査するソナーであって、それは最新鋭の武器であり兵器なのに。
CDBさんによる『マッドマックス 怒りのデスロード』解説 - Togetterまとめ (via gkojax)
なるほど、これは分かる気がする。つまりハリウッドは人文教育を「ファンタジーにリアリティを与えるための再利用可能な科学的・学術的ツール」として使っている。つまり、ファンタジー・フィクションとは新しい自己無矛盾な世界を作ることだけど、新しい世界というのはその世界の人文教養を備えている必要があり、ハリウッドではきちんとその作り込みがされている。
一部の邦画が人文を表現することを目的に映画を作っているのとは殆ど真逆だけど、米国人はこういうツール化がうまいから、ツールとしての人文教養そのものも磨かれる結果になるんだろう。で、その動機付けはあくまで「映画を面白くして利益を上げる」ことにあるわけだ。
(via yoosee)
「今度二人で映画でも観に行かないか」「ありがとう。でも本当に観たい映画は一人で見に行くことにしているから」「じゃあ、それほど観たくない映画は?」「観ないわ」
お父さんは結構な映画好きだけど、子供の頃お母さんを怒らせてるのを観て、あんなに毎日映画観てるのに女心が全然分からないものだなと思って、それ以来映画は人生の役に立たないと思ってる。
ライブで、知らない曲を聴くのと、知ってる曲を聴くのはどっちが楽しいでしょうか?
テンションが上がるでしょうか?
…基本的には、知っている曲が演奏されている時の方が、盛り上がるんですよね。
しかし、お笑いライブで、知ってるネタを見るのと、知らないネタを見るのは、
どっちが楽しいでしょうか?
…基本的には、知らないネタを初めて見る時の方が、食いつくと思います。
何度か見たことがある映画と、初めて見る映画では、どっちが感情移入できるでしょうか?
…基本的には、初めて触れる映画を見る時の方が、入れるはずです。
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なぜか、音楽だけが「未知のものより既知のものを欲する」のです。
誰かのコンサートで、最新アルバムのあまり耳馴染みのない曲が続いた後、
突然、有名曲のイントロが流れて会場がぶわっと盛り上がる感じ、
心当たりある方も多いのではないかと思います。
お笑い芸人が単独ライブしてて、知ってるネタが始まった瞬間に盛り上がるでしょうか?
「ああ、なんだ…これは知ってる。オチでアレがああなるやつだ」となりませんか?
これはなぜなんでしょうか?
結局ぼくには答えがよく分かりません。
音楽というコンテンツの特殊性 | 海保けんたろーの本音とろとろ
(viahirotakajp)
どの作品かは忘れたけど、ロバート・B・パーカーがスペンサーに「映画はプロットを楽しむ。音楽はディテールを楽しむ」って言わせてた
(viascsa)
落語は既知のネタの方が楽しいかも。
(via hetaremozu)
じゃあ落語は音楽に近いのかな。芝居は映画と音楽の中間くらいな気がする(リピーター多いからロング公演するんだろうし)。
「知識」を得る過程を楽しむのが映画等、「体験」を楽しむのが音楽等、ということでは。
(via myk0119)
スコセッシ:私が育ってきたのは、善良な人たちが一生懸命働く社会でした。同時に悪もはびこっていましたが、悪いことをしていても本当の悪人とは言えない人もいた。私は、宗教的な生活をしながら暴力的な世界でどうやって暮らしているのか、不思議でしかたがなかった。私の映画で取り上げるのは、ギャングものでもビジネスものでも、いつもそういうことです。
昔はゴールデンタイムに野球放送で番組潰れるの当たり前、延長で後の番組遅れるの当たり前、で映画やアニメを楽しみにしてる子供には野球はうとましい存在で、その子供達が大人になって野球に興味持たないのは仕方ない事で、野球離れだなんだ言う前にそのへん見直しすべきだったんじゃね、ってね。
映画と音楽は絶対セットだと思う。オレ、いい映画だったら、見終わったあと必ずサントラ買ってたから。最近だと『パプリカ』(今敏監督)の平沢進のサントラとかよかったね。
